ママは双極性感情障害

双極性障害と付き合いながら起業するお母さんのブログ。

祖母が教えてくれたこと

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こんにちは。mariです。

私の祖母はとても厳しい人でした。そのため頑固な私はよく反発をしていました。生前最後のやり取りも言い合いでした。

そんな祖母から教えてもらったことが、30歳を前にしていかに大切だったか、本当に教えたかったことはこういうことだったんだ、と本当の意味で思えるようになりました。

私が高校を卒業し、上京する時のこと。祖母は3つのことを教えてくれました。

①冠婚葬祭の準備だけは何もない時にしなさい。
②結婚したら、まずは旦那様の身の回りのものを揃えなさい。
③感謝の気持ちをすぐ渡せるよう常にぽち袋に新札を入れておきなさい。

20歳を境に「自分には教養がない」と感じ始め、着付け・礼儀作法など一通り身につけようと思い日本料理店で働いたり着付け教室に通ったりしていましたが、祖母の教えはすっかり忘れていました。

そして祖母は私が24歳になってすぐ亡くなりました。入籍を数日後に控えた日でした。その時、私は喪服を用意できませんでした。母から「もう死期が近い」と聞かされていましたが、現実を受け入れられず用意ができなかったのです。その時、ふと思い出したのです。「おばあちゃんが言っていたことはこういうことだったんだ」と。

暫く経った日、私は結婚しました。そして夫に聞いてみたのです。

「数珠とか持ってる?」

答えはNoでした。礼服も冠婚葬祭用のネクタイすら持っていませんでした。スーツも学生時代に着ていたサイズが合わなくなったものを着ていてとても仕事ができるようには見えませんでした。

「今度はしっかり言われたことをやってみよう」そう思った私は少しずつではありますが、自分のものよりまずは夫の身の回りのものを揃え始めました。急な何かがあってもすぐ対応できるようになりました。そして無頓着だった夫も少しずつですが変わり始めました。

そして、ずっと用意はしていたぽち袋。
しかしこれはなかなか出番がありませんでした。まぁ20代ですから、どちらかというともらう方が多い年代です。だんだん新札を用意することも無くなりました。

ところが、とある日、大雪が降りその影響で水道が壊れてしまいました。どこの業者に電話しても「今は無理。2〜3週間かかる」と言われました。その事を上司に何気なく話したところ、すぐ友人で水道屋さんがいるからと連絡を取ってくれました。

私とは何の面識もないのにすぐ駆けつけてくれ、お代も取らず帰って行かれようとしました。そこで、あらかじめ準備していたお茶と一緒にぽち袋をそっと入れてお礼を言って見送りました。

あぁ、10年もかかったけど、おばあちゃんが言っていたことはこういうことだったんだ。いつお礼を言いたくなる人が現れるかわからない。いつどういうことがあるかわからない。いつ夫となる人がどんな人と会うかわからない。その夫がどういう評価を受けるかわからない。その時に「あの時ああしていれば」と思わないように、そしてそれをさりげなく出来る。それが本当の意味での教養なのだと思いました。

まだまだ教養がある人間には程遠いですが、少しずつ祖母が教えてくれたことを生活に取り入れて、自分の気持ちをさりげなく伝えられる人になりたい、と思っています。